星待夜
GINO and TATSUMI
「東京って星が見えない。イーストハムとは大違いだ」
駐車場で立ち尽くしてどうしたのかと思っていると、彼の監督がぽつりと呟いた。
車のキーをくるくると指先で弄んでいたジーノは訝しい顔付きでその戯れを止める。マセラティの前で、ぼんやりと空を見上げているのは他ならぬ達海だった。いつも通りのジャケット姿だ。
「タッツミー、どうかしたのかい。こんなとこで」
てっきりクラブハウスの中にいると思っていた男に訊ねるが、しかし相手は返事をするつもりはないようでそのまま夜空を見上げていた。横顔を見ていると本当に35歳なんだなと思う。ジーノよりも歳を重ねている達海の横顔には、ジーノにはない皺や経験が刻まれている。若く見えるとは言ってもそれは外見だけだ。
「寒くないの? 車入れば?」
「寒ぃよ。でも、もうちょっと見てたいから」
ジーノは肩を竦めた。
こんな時間に外――しかも駐車場に居るということで、ようやく自分の食事の誘いに応じてくれたのだとばかり思っていたのに違ったからだ。達海監督はなかなか思い通りにはなってくれない。そこもまた魅力ではあるのだけれど。
星が見えない、そう彼は唇を尖らせて言った。星が見えないのは仕方ないことだ。東京は明るすぎる。何億光年も先の星の光が届くには、ここはあまりにも眩しすぎた。だけれどジーノには達海が本心から星空を望んでいるわけではないとなんとなく分かる。
それを問い詰めるような野暮な真似はしてやらないけれど。
見上げる男に一歩近付いて、ジーノは悩ましげな溜息を漏らす。その吐息に振り返った達海が、星の見えない星空に注いでいた視線を王子へと向けた。少し間の抜けた顔は先程の横顔よりもずっと年若く見えて、(そんな表情の方が、僕は好きだな)とジーノは思う。
「……タッツミー。そんなものより、もっと綺麗な夜景を見せてあげるよ。一緒にディナーに行かない?」
夜空など見もせずにウィンクをしてくるジーノに、達海は呆気に取られたような顔をしてからもう一度夜空を見上げた。そういえば夕飯を買いに行く途中だったと気付くと、急にお腹が空いてしまう。頭を掻いて少し考えてから達海は言った。
「……いーよ。今日は機嫌がいいから、付き合ってやるよ」
そんな王様の返答に王子は満足そうに微笑んで、マセラティの扉を開ける。
星のない夜なら、
貴方に星よりも美しい景色を。
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