星待夜


TSUBAKI and TATSUMI


「東京は星が見えないな」
 日課であるイメージトレーニングが終わった後、グラウンドに出ていた監督は一言そう呟いた。
 その一言で再認した達海の存在に全身が硬直した。カチンコチンになってしまった椿の様子に気が付かずに、達海はまっすぐと立っている。ポケットに手を突っ込んでじっと夜空を見上げている監督の様子に、椿は釣られて顔を上げる。
 明るい外灯の白光に慣れた目では、東京で見える淡い星の光も見付けられない。それなのに達海はじっと星のない星空を見上げ続けている。その背中があまりにも真っ直ぐで遠かったために、どうしてか彼はドキリとした。
「そう……っスね」
 椿の目にも星は見えず、それでも彼は一歩踏み出す。
 何処かにふっと行ってしまいそうな背中を留めることはできなくとも、少しでも近くに、一歩でも近付きたかった。時折ふっと達海が遠くに行ってしまいそうな気がするのだ。どうしてそう感じるのかはわからない。
 たぶん監督はそういう人なんだ、と椿は思っていた。
 達海のことをほとんど知らないと言っても過言ではない椿にとって、一回り以上も離れている監督の心中を察することは難しかった。だからこそありのまま、はじめから達海はそういう人間であり自分の理解できる範疇の外の存在と考えることで納得していた。その方がずっと簡単で分かりやすい。 ぐっと見上げた夜空は白んだ闇が広がるばかりだった。
「……お、俺の田舎、すっごく星がキレイなんス」
「ん?」
 静かにしていたルーキーが喋り出したことで、達海がわずかに振り返る。こちらを見た瞳にますます緊張してしまい、椿は思い切りぎゅうっと拳を握った。そうするとほんの少しだけ勇気が出る。
 ぐっと顔を上げた。
 達海の視線から逃げずに、まっすぐ向き合って言葉を紡ぐ。
「星がすごいキレイで、だから、監督の言ってる星空に敵わないかもしれないスけど、いつか監督にも見てほし、いな……って」
「………」
 言い切ってしまってからなにか変だったかと急激な不安と後悔とに襲われる。じぃっとこちらを見つめてくる達海の双眸が自分に呆れているように感じてしまい、椿は上げていた顔を俯けてしまう。しゅんと項垂れたルーキーをしばらく眺めていた監督は、少し考えるような素振りを見せてからポケットから手を出す。左手で拳を作って、ニィっと笑って椿へと突き出した。
「ハハッ……。楽しみにしとくよ、椿」
 その一言に椿は勢いよく顔を上げ、まじまじと達海の拳を見返す。あたたかい目をして達海はもう一度夜空を見た。


 星のない夜なら、
 貴方を星へと導きましょう。