倉庫での話


 埃っぽい倉庫に無理やり連れ込まれて、吐息が触れるほど近付いた顔に心臓が止まるかと思った。
 鼻の頭を軽く噛まれて、思わずぎゅっと目をつむると怒られる。怖々と目を開けた椿に、達海は掴んでいた襟首を離して不満げな顔を見せる。
「……お前、襲われたんだからもうちょっと襲い返すとかないわけ?」
 押し倒された状態で、降ってきた声に動揺する。
 襲われていることを自覚すると一気に羞恥心が増して両手で顔を隠した。元よりあった恥ずかしさとは比べものがならないくらいのそれに、椿の顔はすでに朱に染まっている。
「ん、んなこと、言われてもっ」
「お前なァ……」
 呆れ返った溜息とともに、一度は離れた顔がまた近づけられた。
 達海の唇から甘い匂いがして、椿は自分の頭がスパークしそうだと思う。アイスだろうか。それとも、彼の愛飲している炭酸飲料の甘さだろうか。椿には判断もつかない。
 けれど実際はちゃんと椿の思考回路は働いていて、監督が縮めた距離があとどれくらいで、自分とキスをするのに何センチかということを考えている。
 恥ずかしいという気持ちを上回る、触れたいキスしたいという欲求も椿にはある。ただうまく露わにできないだけで、ちゃんと達海に示せないだけで。
「そーいうウブなとこも嫌いじゃないけど。……じゃ、やめる?」
 顔を隠したままでいた椿を見つめていた達海がそんなことを口から零した。ぱっと、その言葉とともに達海の身体が離れる。
「えっ」
 思わず隠していた掌を退かして、達海を見上げるとどことなく冷めたような顔をしている。少なくとも眼前の椿には興味を失ったみたいに見えた。
「じゃあね」
 そう言って、あっさりと倉庫から出ていきそうになる背中を慌てて立ち上がって追い掛ける。
「ま、待ってくださいっ!監督…っ」
 焦り、縋るように伸ばした手が達海の左腕を捕まえて引き寄せた。
「!」
 引っ張られバランスを崩した達海の身体を全身で受け止めて、椿は後ろから達海をきゅっと抱き竦めた。
「お、俺……、頑張るっスから!行かないでください、監督」
「つ、椿……?」
 困惑している達海の耳元に唇を寄せて、ちゅっと音を立ててキスをした。
 あまりに軽いせいで、キスマークは付かない。
 椿は顔を真っ赤にしながらも、抱きしめた恋人の身体を確かめるようにさらにぎゅっと力を込めた。
 何分、そうしていただろう。不意に微動だにしていなかった達海が口を開いた。
「……できんじゃねーか」
「?」
「ジャイアントキリング」
 ぽつりと呟かれた単語にむずむずとうれしくなって椿がますます達海をぎゅうっとしようとすると、今度は鮮やかに逃げられてしまった。
 そんな倉庫でのお話。