おまけのハウンド・ドッグ


 首筋に大きなガーゼをつけた達海に、椿は内心びくびくしていた。
「なぁ、監督のあれってなんだと思う?」
「何ってガーゼでしょ。怪我でもしたんじゃないスか」
「えー……、でも昨日はしてなかったじゃん」
 チームメイトの一言一言にぎくりとしてしまい、椿は視線を泳がせる。あのガーゼの原因を作ったのはおそらくは自分である。否、おそらくではなく絶対に昨晩のあの痕を隠すためのガーゼだろう。
 どうか自分に話題が振られぬよう、縮こまることしか彼にはできなかった。
「なぁ、椿ー。お前はどう思うー」
「はっ、えっ、俺ッすか?」
「そう。なっんか怪しい気がすんだよねー」
 核心を突かれたと顔が強張った。
 ばれたら何と言われて軽蔑されるか分かったものではない。チームに居辛くなる。それ以前に現時点でGMの後藤からクビについて宣告されていないのが不思議なくらいだ。達海監督は何も言っていないのか。それとも本気で気にしていないのか。
「フフっ、タッツミーに春の気配か。それは面白い観点だね、そう思わないかいザッキー」
「なんで俺に振るんスか」
「バッキーも気になるんじゃない? 案外、あのガーゼはキスマークとかを隠すためだったりして、ね」
 物知りげなジーノの言葉に冷や汗が止まらなくなる。『腑抜け』の心臓は先程から壊れそうなほどバクバクと鳴っている。
 そんな会話の終了は、前を向いていた黒田の一喝により訪れた。
「テメェらうるせーぞ!」
「……クロ、監督の声が聞こえない」
 それで達海の恋疑惑に関しての話題は終わったわけなのだが、椿の隣にいたジーノだけが意味深に笑い続けている。まるで何でも知っているかのようなその態度にますますびくびくとして椿は一日の練習を始めた。昨日までの悩みが吹き飛んだ代わりに、新たな心配事が増えたのだ。自分はどうしたらいいのかはやはり分からないままだった。
   練習に散っていく選手たちの背中を見ながら、達海は昨夜の出来事を思い出してほんの少し気まずそうに頬を掻いた。
 赤面とは言わないまでも、多少ゆるい顔をしている。走っていく椿の横顔が視界に入ると、なんとも言えない青臭い気持ちになった。適当にガーゼを貼って隠した歯型を押さえながら、達海は溜息まじりの吐息を漏らした。
「にしても、まさか椿がホモだとはおもわなかったなー」
 達海がぽつりとつぶやいた盛大な勘違いを、いっぱいいっぱいになっている椿は知る筈もない。